岐阜地方裁判所 昭和26年(ワ)245号 判決
原告 後藤茂
被告 広瀬たね
一、主 文
原告の請求は之を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し岐阜県本巣郡穂積町別府字堤内一の町九十番の十三宅地百十八坪五合を右地上に存する木造瓦葺二階建居宅建坪五十二坪二合五勺二階坪四十一坪七合五勺を収去して右土地の明渡をせよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。
原告訴訟代理人は請求原因として請求の趣旨記載の土地は原告の所有であるが、被告は何等の権原なくして右地上に請求の趣旨記載の如き建物を所有して右土地を不法に占拠しているから右建物を収去して土地の明渡を求めるため本訴を提起した旨陳述した。
被告訴訟代理人は答弁として原告主張事実中本件土地が原告の所有なること、並右地上に被告が本件家屋を所有していることは之を認めるがその余の事実は之を否認する。元来本件土地は訴外馬場貞吉が大正九年十一月頃当時の所有者たる真鍋喜代作外二名から期限の定なく賃借し同訴外人がその地上に本件家屋を建築所有していたのであるが、被告は馬場貞吉から本件家屋を買受けると共に地主たる真鍋喜代作等の承認を得て馬場貞吉の賃借権を承継し右家屋に居住し来つたものである。而して、原告の父後藤栄一はその後昭和二十三年三月十八日右真鍋喜代作等から家督相続により所有権を取得した真鍋宗策外二名から本件土地を買受け直ちに之を原告に譲渡したので原告は之が所有権を取得するに至つたものであるが、之より先昭和五年二月頃右後藤栄一はかねてその居住していた本件家屋の裏側の住居から表通に面する本件家屋に出て自転車商を営みたい希望を有し居り、被告も夫が死亡し当時営んでいた菓子商を廃業せざるを得ない事情にあつたのでここに後藤栄一及被告は協議の上被告の長男が成人する迄期間を八年と限り被告は後藤栄一に対し本件家屋を賃貸すると共に後藤栄一は被告に対しその居住家屋を賃貸し期間満了したるときは元に復するという約定の下にここに後藤栄一と被告はその居住家屋を交換することとなり原告は後藤栄一と共に本件家屋に居住することとなつたものである。然るに後藤栄一は右期間を経過するも本件家屋の明渡をなさないので被告はしばしば之が明渡を要求して来たところ後藤栄一は昭和二十三年三月末日限り本件家屋を明渡す旨確約するに至つたにも拘らず右期日を経過するも之が明渡をなさないのみならず前記の如く明渡期間の満了直前たる昭和二十三年三月十八日本件土地を買受け之を原告に譲渡し之を理由として家屋の明渡を拒むに至つた。そこで、被告はやむなく昭和二十三年四月二十四日後藤栄一を相手方として岐阜簡易裁判所に対し家屋明渡の調停申立をなし折衝の結果、後藤は被告に対し昭和二十七年九月末日限り本件家屋を無条件にて明渡す旨の調停が成立するに至つたものである。而して、原告所有の本件土地は原告が年少であつたため後藤が之を管理していたものであつて右調停の趣旨も固より後藤が原告に代つて被告が従前前記真鍋等に対し有していたと同一の内容の借地権を承認する趣旨を包含していたものである。けだし、然らざれば被告は後藤栄一から明渡を受けた本件家屋を直ちに収去せざるを得ない不合理な結果となるからである。従つて被告は当然右調停によつて取得した借地権を以て原告に対抗し得るものである。仮に然らずとするも、前記事情により明かなる如く原告は被告と前記真鍋等との間に本件土地に関する賃貸借関係の存することを知りながら本件土地を譲受けたものであり且譲受後もその地上の被告の建物の存在につき何等の異議の申出をなすことなく経過して今日に至つたにも拘らず突如として本訴を提起し来つたものである。従つて原告は少くとも現在に於ては右土地に対する前記真鍋等と被告間の賃貸借関係を承継するに至つたものと認むべきであるから被告は右借地権を以て原告に対抗し得るものである。仮に然らずとするも本件家屋に現実に居住しているのが原告である以上、原告が本件土地を占有使用しているものであり、被告が原告の土地使用を妨げているものとなすことが出来ないこと明かである。仮に然らずとするも、原告が現実に本件家屋に居住している以上被告が右家屋の収去土地明渡をなすには先ず現実に原告自ら家屋の明渡をなすべきであり、然らざる限り被告は家屋を収去して土地を明渡すことが出来ないのであつて原告の請求はむしろ被告に不能を強うるものというべきである。仮に然らずとするも、本件は後藤栄一が契約上定まつた本件家屋の明渡をこばむためその敷地たる本件土地を買受け之を原告に譲渡し原告をして逆に被告に対し家屋の収去を求めしめ来つたものであつてかくの如きは専ら原告及その父がその不当の利益のために被告に難きを強いるものというの外なく原告の本訴請求は信義の原則に反し権利の濫用というべきである。従つて、原告の本訴請求に応じがたいと述べた。
原告訴訟代理人は右に対し訴外後藤栄一が原告の父なること被告が従前本件土地上の家屋に居住していたが原告主張の如き事情から後藤栄一と被告がその居住家屋を交換し後藤栄一が原告と共に本件家屋に居住し被告が後藤栄一の従前の家屋に居住するに至つたこと、被告主張の如き調停の申立があり調停が成立したことは之を認めるが、その余の事実は全部之を争う。殊に本件土地は被告主張の如く原告がその父後藤栄一から譲受けたものではなく前所有者たる真鍋等から直接買受けたものである。又後藤栄一と被告がなした住居交換の約定は被告主張の如く期間を八年と限つたものでは絶対になく、只一応被告の長男が成人する迄と約束せられていたに過ぎない。而も右の一応の期間もその後昭和十年頃後藤栄一及隣家の矢代喜造が深井戸を掘つたとき及その後昭和十九年十二月頃後藤栄一が地震のため破損した本件家屋を修理したときに同人が多大の失費を投じて而も直ちに本件家屋を明渡さねばならぬことに立至るべきことを憂え被告にたしかめたところ被告は将来長期に亘つて本件家屋に居住し得べきことを許諾していたのであるから当然右特約は変更せられるに至つたものと認むべきである。又調停成立の際原告が被告に本件土地に対する借地権を承認した事実は絶対に存しない。けだし、原告が被告に対し無条件に本件家屋を明渡すべきことを承諾すべき理由があり得ないからである。真実は後藤栄一が被告に対し本件家屋の明渡をなすと同時に被告が同人に対し敷地たる本件土地の明渡をなす旨の調停が成立していたのであつて只調停調書にその旨の記載が脱落したに過ぎない。尚権利濫用の抗弁に対し後藤栄一が本件家屋を買受くるに至つたのは前所有者の勧奨によるものであり、その際後藤は前所有者に被告に本件土地買受の意思なきやをたしかめる要がないかとただしたところ、同人は被告に買受の意思なく同人も被告に売却の意思なき旨言明していたのみならず前記の如く尚長期にわたつて本件家屋を借り受け得る旨の被告の言明を信じて本件土地を買受くるに至つたものであり特に被告主張の如く本件家屋明渡の遷延策として買受けたものでないから権利の濫用とならないこと勿論であると述べた。
被告訴訟代理人は右に対し原告がその隣家の矢代喜造と共に深井戸を掘つたこと、原告がその主張の如く地震のため破損した際本件家屋の修理をなしたことは之を認めるがその余の事実は之を否認する。尚井戸掘の費用の一部は被告も負担していたのであり、家屋の破損は極めて小部分でありその修理も原告が自発的になしたもので修理費用額も極めて少額に過ぎない旨述べた。
原告訴訟代理人は右被告主張事実は之を否認すると述べた。
<立証省略>
三、理 由
本件土地が原告の所有なること、並右地上に被告が本件家屋を所有していることは当事者間に争がない。被告は岐阜簡易裁判所に於て、原告の父後藤栄一及被告間に調停成立したる際本件土地につき借地権を取得した旨抗争しているから先ずこの点について検討して見よう。証人広瀬浅治郎、同真鍋宗策の各証言、被告本人広瀬たねの供述に弁論の全趣旨を綜合すれば訴外馬場貞吉が本件土地を被告主張の如く当時の所有者たる真鍋喜代作等から借受け本件家屋を建築所有していたこと、その後被告が地主の承認を得て馬場貞吉から本件家屋を買受けると共に、その借地権の譲渡を受けたことを認めることが出来る。而して、後藤栄一が原告の父なること、及被告が元本件家屋に居住していたが昭和五年二月頃被告主張の如き経過から後藤栄一と被告がその住居を交換し後藤栄一は被告からその所有の本件家屋を借受け、原告と之に移住すると共に、被告は後藤からその所有の本件家屋の裏側の家屋を賃借し、之に居住するに至つたことは当事者間に争がない。然しながら、証人後藤忠雄、同後藤栄一の各証言によれば右住居交換の期間は被告主張の如く八年を限つたものではなく原告主張の如く被告の長男が成人して菓子商を営み得る迄と約束されていたに過ぎないことを認めることが出来る。右認定に反する乙第七号証の二の記載、証人曾我部清作、同広瀬浅治郎の各証言、被告本人広瀬たねの供述は措信しがたく他に右認定を左右するに足る証拠がない。而して原告は右約定はその後原告の父後藤栄一が新しく深井戸を掘り、地震によつて破損した個所を修理した際、被告の諒解を得て変更されたものである旨抗争し、後藤栄一が昭和十年頃深井戸を掘つたこと、昭和十九年十二月頃の地震のため、破損した家屋をその頃修理したことは当事者間に争がないが、証人広瀬浅治郎、同矢代喜造の各証言によれば、右井戸は後藤栄一、被告及隣家の矢代喜造が共同して掘つたものであり被告も亦その費用の一部を分担していたこと、並家屋の修理も極めて少部分で後藤が自発的になしたものなることが認められるのみならず、成立に争のない乙第五号証被告本人広瀬たねの供述により成立を是認すべき乙第六号証の一、郵便官署作成部分のみ成立に争なく爾余の部分は被告本人広瀬たねの供述により成立を是認すべき同第六号証の二によれば、昭和十九年八月頃より既に被告が後藤栄一に対し本件家屋の明渡を求めていた事実が認められるから、前記各事実によつて右特約が変更せられたものとなすことが出来ないものといわねばならない。右認定に反する証人棚瀬惣太郎、同後藤栄一の各証言は措信しない。而して、前記乙第五号証、同第六号証の一、二、成立に争のない甲第七号証、証人広瀬浅治郎の証言、被告本人広瀬たねの供述を綜合すれば、被告の長男は既に成人し、数年に亘る年期奉公により菓子製造の技術を習得し来り宿志の如く菓子商を開業せんとの希望を有していたので、昭和十九年頃から被告は後藤栄一に対し、しばしば本件家屋の明渡を求め住居の交換を要求したが、後藤栄一は之に応じなかつたことを認めることが出来る。而して、後藤栄一が被告に対し昭和二十三年三月末日限り本件家屋を明渡すべき旨約定したとの被告主張事実については之と同趣旨の乙第七号証の三の記載、証人広瀬浅治郎の証言、被告本人広瀬たねの供述は措信しがたく、他に之を認むるに足る証拠がない。而して、被告が後藤栄一に対し、本件家屋明渡の調停の申立をなし、被告主張の如く後藤栄一が被告に対し昭和二十七年九月末日限り本件家屋を明渡すべき旨の調停が成立したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証、同第八号証、証人後藤栄一の証言によれば、右調停成立前たる昭和二十三年三月後藤栄一がその子息である原告のため折衝し、原告主張の如く原告が直接前所有者から本件土地を買受けたこと(被告主張の如く後藤栄一が一旦之を買受け原告に譲渡したものでない)を認めることが出来る。然しながら、原告が右調停成立と同時に本件土地を従前と同様の条件で被告に賃貸する旨の契約が暗黙の中に締結せられ、被告が之により借地権を取得したとの被告主張事実については、成立に争のない甲第四号証に被告本人広瀬たねの供述を綜合するも之を認むるに足らず、他に之を認むるに足る証拠がないのみならず、前記甲第四号証によれば、調停は後藤栄一及被告間に成立したものであつて土地所有者たる原告が関与していない事実が認められるし、右事実に同号証中に借地権が成立した旨の記載のない事実を綜合すれば、被告主張の如き借地権が成立したものとなすことが出来ないものといわねばならない。尤もかように解するときは、被告が主張する如く折角後藤栄一から調停の趣旨に従い本件家屋を明渡して貰つたとしても、直ちに収去せざるを得ないかもしれないこととなり不合理な様であるが仮令後藤栄一と原告間に親子関係があつたとしても、土地所有者たる原告が調停に参加して借地権を承認しない限りやむを得ない結果といわねばならないから被告の抗弁はその理由がない。
次に被告は、原告が本件土地の譲受後被告に対し、何等の異議を述べなかつたから当然借地権を承認したものである旨抗争しているが、原告が異議なく地料を受領する等何等か積極的に借地権の存在を肯認するが如き行為に出でず、単に被告の土地使用に対し異議を述べなかつたのみにては、直ちに借地権の成立を認めることが出来ないのみならず、成立に争のない甲第三号証によれば、原告が本件土地を譲受けたる後たる昭和二十四年十月二十六日その頃、被告が供託したる地料の受領を拒否していた事実が認められるから被告の右抗弁は理由がない。
次に被告は原告が現実に本件家屋に居住している以上、被告はその敷地たる本件土地の使用を妨害していない旨抗争し、原告が本件家屋に居住していることは前段認定の通りであるが、本件家屋が被告の所有であることも亦前記認定の通りである以上、原告が之に居住するについてはその所有者たる被告の許諾を要すること勿論であり、その限りに於て、家屋所有者たる被告は原告の土地使用権を妨害しているものといわねばならない。這般の事情は証人後藤栄一の証言によつて認め得る。原告が後藤栄一の家族として同人と同居し、後藤が被告に対し本件家屋の賃料を支払つている事実を想起すれば明かであるから、被告の右主張も亦その理由がない。
次に被告は原告が先ず本件家屋を明渡さない限り、被告は家屋を収去して本件家屋を明渡すことが出来ない旨抗争しているが、苟くも被告に本件家屋を収去すべき義務が認められる以上、仮令その家屋に原告が居住していたとしても、被告の家屋収去義務に何等の消長を来すべき理由なく、只執行に当り原告が任意に家屋から退去せざる限り家屋収去義務の執行が不能に終ることがあり得るに止まり、且つ原告自ら強制執行を求める以上、自ら退去せざることはあり得ないこと明瞭であるから被告の此の点に関する主張もその理由がない。
被告は更に原告が本件土地の明渡を求めるのは、権利の濫用である旨抗争しているからこの点について検討して見よう。元来原告の父後藤栄一と被告がその住居を交換した際、その期間は被告の長男が成人する迄と約束されていたこと、被告の長男が年期奉公により菓子製造の技術を習得して帰来したため約旨に基き被告が昭和十九年頃から住居の交換を求めていたが、原告が之に応じなかつたこと、その後昭和二十三年三月頃原告の父後藤栄一が折衝して原告のため本件土地を買受けたことはいずれも前段認定の通りであり、証人真鍋宗策、同藤橋吾市、同馬淵宇三郎の各証言によれば、原告の本件土地買受当時被告と前記真鍋等との間の土地賃貸借契約は尚有効に存続していたことを認めることが出来る。甲第六号証の記載のみによつては右認定を左右するに足らない。然るときは原告はその父後藤栄一が従つて同人と同居している原告も亦、被告に対し約旨に基き当然明渡すべき家屋の敷地を殊更に買受けたものというの外ないから、原告が直ちに土地所有権を主張して家屋の収去を求めるのは明かに信義則に反し権利の濫用となるものといわなければならない。けだし、既に原告が本件家屋を明渡すべきものなる以上、その明渡すべき家屋の敷地を買受けるについて何等の利益がないものというの外なく而も被告が有効に賃借している建物の敷地を建物の登記のないのに乗じて買受け(原告の本件土地買受当時建物に登記のなかつたことは成立に争のない甲第一、二号証に徴し明かである)建物の収去を求めるのは、見様によつては故意に家屋の明渡を遷延せんがためと見られないこともないからである。固より、原告が如何なる土地を買受けようと原告の自由であり、且証人真鍋宗策の証言によれば原告の父後藤栄一が原告のため本件土地を買受けたのは原告主張の如く真鍋宗策の勧奨によるものであり、同人が被告に本件土地売却の意思を有せず、その旨を原告に言明していた事実も認められるが、ひるがえつて証人藤橋吾市、同馬淵宇三郎の各証言によれば本件土地の前所有者たる真鍋等が本件土地の外に附近の土地を所有し之を他に賃貸していること、原告の買受当時地主と被告等借地人との間に地料のことに関し争あり、地主側から土地売却の申出もあつたので借地人等は一括して之を買受ける旨の申合せをなし、原告又はその父後藤栄一も被告の現住家屋の敷地の借地人として之に列席していた事実が認められるから、殊更に紛議の生ずべきことの推認せられる本件土地を買受け、被告に本件家屋の収去を求めるのは信義則に反するものと非難されてもやむを得ないものといわねばならない。殊に前記認定の如く調停成立により原告の父後藤栄一が従つて同人と同居している原告も亦被告に対し本件家屋を明渡すべきことに確定した後に於てはよし、右調停によつて本件土地につき借地権が成立したものと認め得ないとしても、特に土地所有権を主張して建物の収去を求むることにつき不法性が加わるものといわねばならない。尤も証人後藤栄一の証言によつて成立を是認すべき甲第七号証に証人後藤栄一の証言を綜合すれば前記調停成立後原告から調停の申立をなし土地明渡を求めたる際、被告が相当に過大なる要求をなしたため調停が不調となつた事実が認められ被告の態度は非難さるべきであるが、他面本件の根本が上来説明し来つた所によつて明かなる如く、原告の父後藤栄一従つて原告も亦約旨に反して本件家屋の明渡をなさず逆に原告がその敷地を買受けて家屋の明渡を拒否するに至つた点に存することを考慮すれば、右事実あればとて前記判断を左右することが出来ないものといわねばならない。尚被告本人広瀬たね尋問の結果によれば、被告の長男が既に日本車輛株式会社に勤務している事実が認められるが反面同証言によれば右は原告が本件家屋を明渡さなかつたためやむを得ざるに出でたもので数年に亘る年期奉公によつて習得した菓子製造技術を生かすべき希望をすてた訳でないことが認められるから、右事実を以てしても前記判断をくつがえすことが出来ないこと勿論である。
かように見てくると、被告は原告に対し本件家屋を収去して本件土地を明渡すべき義務がないものといわねばならない。
以上の理由により原告の本訴請求は失当であるから之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の如く判決する。
(裁判官 奥村義雄)